声優・役者な葛城七穂の   ゆらゆら生活あれやこれや
by n-katsuragi
カテゴリ:ぷよぷよした思い出( 18 )
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2005年 11月 25日 |
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朝、近くのペイレス・スーパーマーケットへ。
地元のスーパーを見るのって楽しい。
海外に来てるって実感するところ。


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色とりどりの野菜や果物たち。
肉もどしんどしんと売っていて、あ~アメリカ!と感じる。


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アメリカンな朝食(?)を体験したくて、スーパーで冷凍クロワッサン・サンドを購入。
ハムとチーズのサンドと、煮込んだ野菜がたっぷり入ったパイ。
ホテルのレンジでチン。
わはははは。何か、うまそう。


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誰かのおうちの敷地。
ふつうに実るマンゴー、かな、これは?
いや、パパイヤか?


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道路脇のお庭に何気なく転がるココナツ。
自然と絵になっている。
ううう。


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さあ、今日は帰国日。
最後までアメリカンを体験しようと、空港ででっかいハンバーガーに挑戦しておく。
さすが、バーガーキング。
食べきれなかったぜ…


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じゃあ、またな、グアム!
たっぷり楽しませてもらったぜいっ!
ありがとよ!!!



おしまい
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2005年 11月 24日 |
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この日は午後からバスで恋人岬へ。
愛する若い二人が身を投げた悲恋の伝説が伝わる地。
岬から崖下の海を臨んだ写真。


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恋人岬の鐘を一人で淋しく鳴らす…
ちょっとむなしいかも。
皆カップルで記念写真撮ってたもんね。


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ブーゲンビリアも美しいのさっ


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マイクロネシア・モールへ。
安~い靴や服ゲット!
日本の女物だと袖やパンツ丈が短い、規格外の私。
海外へ行くとバーゲン品でも普通にジャストサイズが見つかる。
袖が長い!っていうだけで大喜びしちゃう私にとって、そこは天国なのだ。


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お次はKマートだ!とトロリーバスに乗り込むと、みるみるどしゃぶりの雨。
窓の無いトロリーバスで、あっという間にひざ下びっしょり。
Kマートで替えのパンツを購入、早速お着替え。
ここもお安いものばかりで気軽にゲット。


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なんて事してるうちにお天気回復。


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チャモロ・ビレッジ。
水曜の夜はナイトマーケット。
ローカルの人も観光客も入り混じって大賑わい。
ここの屋台で本日の夕食。
椅子やテーブルは殆どないから、そこかしこでみんなが食べている。
座れそうな段差を見つけて座り込み、焼売らしきもの、ビーフンらしきもの、バナナの春巻きらしきもの等にかぶりつく。
その後ろが公衆トイレだなんて気にしない、気にしない。

つづく…
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2005年 11月 23日 |
この日は11月15日。
そう、日本では紀宮様のご結婚で盛り上がっているであろう日だった。
この大盛り上がりをリアルタイムでは見られないなぁ…なんて思っていたら。
ホテルのTVのチャンネルに、ちゃっかりNHKがあった。
NHK WORLD   やるな、おぬし。
んなもんで、その日のNHkはずぅぅぅっと紀宮様関連。
何だよ、しっかりリアルタイムで体験できちゃったじゃん。

でも、良かったね、紀宮様。心からそう思える。
ほんとに大変な時の皇后様をも支えてきたんだろうな。
皇后様の着物を仕立て直しての披露宴。
そこには日本人の美しい姿が見える。日本人の良心、清々しさ。
世の中の多くの人々は、ハッとさせられたんじゃないだろうか。
本来、こんな姿であるべきなんだよ。

グアムでNHKが見られるって事は。これはBSっぽい編成だから…
もしかして「ER」の日本語版も見られちゃう?なんて、月曜の22時(現地時間の23時)にわくわくしてTVの前に座った。
結果は… あるわけなかった。
そりゃそうだ。放映権の問題とかあるもんね。
これは「NHK WORLD」。別編成なのだろう。

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この写真はカヤックに挑戦する母。
この日は、ホテル前のビーチでひとしきり遊んだ後、ホテルに併設するウォーターパークで遊んだ。
日焼け止めをしっかり塗ったにも関わらず、見事に焼けた。
特に両腕。湯船に腕だけつかれない。
あうう。やっちまったぜ。
昔、気を抜いてひどい全身やけど状態になった事がある。
あの時は大変だったよ。
数日間、風呂は大変、寝るのも大変。
挙句の果てに、全身ものすごい脱皮の日を迎えたからね。
ま、今回はそれに比べたら可愛いもんよ。

ウォーターパークでも、しっかりウォータースライダーで遊ぶ。
「MANTA」という絶叫型スライダーは12mの高さから滑り落ちるU字型スライダー。
前でギャーギャー楽しんでるグループがひとしきり終えたあと、では次に行かせてもらいますと、二人乗り浮き輪を抱えて階段を上ろうとした時。
「こいつも連れてってやって下さい!」と、それまで尻込みしてた男の子が差し出された。
では御一緒に、と共に上る。
「ジェットコースターもダメなんですよぉ…」と気弱な発言の青年。
こちらとしては何とも返しようがないが、とりあえず一緒に上ってくるからには覚悟を決めたのであろう。

てっぺんに着き、スタッフに座り方を指示される。
縦に二人並ぶ。
私の足の間に、その青年の頭が…  すまんのぉ…  カップルでもないのにね。
で、滑り落ちる。
ぎゃーーーぁ!
U字だから行って、帰って、行って…
ようやく止まった時、その青年、引きつりながらも爽やかな笑顔で
「ありがとう。貴女のお陰で滑れました」
と手を差し伸べてくれた。
ええ奴じゃ。

残念ながら、私はその時、軽いムチウチ状態であった。


つづく…
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2005年 11月 23日 |
明けて二日目。おお、晴れてる。
日本から事前にネットで予約しておいたイルカウォッチングツアーへ。

57人乗りのクルーザーに乗り込んだその日の客は、我々を含めて8名。
イルカポイントに先に来ていた他社の船には、わんさかの乗客。
何だかゆったり、お得気分。
さあ、イルカさんたち、どこだい?どこだい?どこだい???
むむむ。
と、キャプテンが指差す100mくらい先にイルカの背びれが!
ああ、すぐ潜っちゃう。どこだい?どこだい?どこだい?
あ、あれ、ちらっと見えた!
潜る。どこだい?どこだい?どこだい………

「ジャンプしてくれればいいのにねぇ」と母。
そんなに都合のよい芸当はなかなかしてくれない。
船はイルカからある程度の距離を保って停泊する。彼らから近づいて来てくれる分にはOKだが、それ以上はこちらから近づかない。
そんなこんなでその日、5~6頭のイルカさん達は近くてもせいぜい10mが精一杯。
彼等の時折見せる背びれだけをひたすら追い求める我々だった。

以前、ハワイ島で参加したホエールウォッチングのツアー。
同じ距離でもでかさが違う。よって迫力が違う。
バッシャーッと見せる鯨のシッポが現れるたび、船上は拍手喝采だったっけ。
それを思うと今回はちょっと迫力不足で残念。
もうちょっとフレンドリーな交流を期待してしまっていたんだな。

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さて、船は場所を移動してシュノーケリングをする。
ダイビングもするようなポイントらしい。
ライフジャケットを着用して、海へ。
スタッフが船から餌を撒く。
集まってくる魚達。
いいね、いいね、シュノーケル大好き!
この時の餌は固形の金魚(鯉?)の餌のようなペレットタイプのもの。
スタッフから少し分けてもらって、餌を握り締め、魚に餌付けする。
大量のおさかなさんに取り巻かれるわたくし(^0^)

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そこはビーチではないので、やはりある程度の波がある。
水面に漂いながら水中を夢中で覗いているうちに、さすがに酔っ払ってきた。
もともと車酔いしやすい性質なのだ。
今回も船に乗り込む前に酔い止めを飲んでおいたくらい。
やばい、やばい。調子に乗り過ぎないようにしなくちゃ。
それでも30分位そこで遊んだかな?

ホテルに帰ってお風呂で身体を温める。
(下に水着を着込んだままホテルを出発してそのまま帰ってくるからね)
久々に太陽にさらされて、海に入り、潮風にあたった身体はちょっとお疲れモード。
ベッドに転がった母はガウンのまま爆睡している。
でもそういうのって気持ち良いんだよね。
その間に、ホテルの無料施設のランドリールームで水着もバスタオルもその他の洗濯物も一緒に洗っちゃう。
これは嬉しい施設だね。
洗剤は売店でも買えるのだけど、シャンプーで洗っちゃった。
そうそう変わりゃしないだろ…
乾燥機にかけた洗濯物が乾く頃、いいかげん母を起こす。
放っておけば、夜まで寝かねない。

夕方。
タモンの街に行き、ぷらぷらとウィンドウショッピング。
夕食は昨日の反省から身体に慣れ親しんだ中華を。
美味しいけど、全体的に全てが甘かった~。

つづく…
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2005年 11月 21日 |
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ちょっくら、旅行に行ってきました。
母と二人、母娘旅行!
久々の青い空、白い雲、青い海…の、グアムだ~!


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着いたら…残念ながら雨模様…
んんん、でも負けないじょ。
グアムの雨はスコールみたいなもの。
降ったって、すぐに太陽が出るのさっ!


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…なかなか雨があがらない。
よし、今日はアメリカンな夕食へGO!なのだ。
いざ ローン・スター・ステーキハウスへ。
ロブスターとヒレステーキのコンビプレートだ!
その奥はでっかいオニオンフライ。うう、食べきれない…


おなかパーンパンでひょいと外を見ると、どしゃぶりの雨。
いいもん、いいもん。今回はのんびり、何もしない贅沢をしに来たんだもん。(言い換えればチープな旅)
が、しかし。
あんまり食べ慣れないものを食べたからなのか、激しく胃もたれ。
く、く、苦じい…
その夜、母娘はそれぞれキングサイズのベッドの端で毛布にくるまって苦しんだのであった。
(大きなベッドに慣れない母娘。真ん中で寝ようよ…)

つづく…
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2005年 10月 20日 |
今日(昨日?)地震がありましたね。
ビルの6階だったこともあって、かなり揺れを感じました。しかも結構長く…
そんな時は、この地域はそれほどでなくとも、どこかで大きいのがあったんじゃないか、と思ってしまいます。

地震には敏感です。
中学に入る前まで東京に居たので、結構地震慣れしていたのですが、あの阪神大震災が私の感覚を変えました。

あの当時、私は兵庫県宝塚市で一人暮らしをしていました。
あの朝、ベッドで目覚めた私はただただ布団を頭からかぶって、ひゃーーっと悲鳴をあげる事しかできませんでした。
とにかくありえない状況なのです。動くはずのない壁が、物が、全てがぐわぐわと動いている。
まるでマジックハウスのように…
「死」を感じました。
産まれて初めて「死」を実感した瞬間でした。
しかし、それと同時に「今はまだ死ねない!」と強く思いました。
まだやり残した事が山程あると。

あとになって、多分私は「自殺」という手段は取らないだろうと思うのは、この瞬間の自分の答えがあるからです。

揺れがおさまり、それでもすぐにまた揺れるのではないかという不安と共に、恐る恐るベッドから抜け出しました。
まだ外は真っ暗。向かいのNTTでけたたましく鳴り響いている非常ベルの音が更に不安を煽ります。
部屋の中で様々な物が倒れる音、割れる音、色々と聞こえていましたが何も見えません。
怖々と倒れた物(本棚でした)を乗り越え、何とか玄関から外に出ます。
マンションの1階に降り、周りを見渡しましたが誰一人いません。
薄明るいモノトーンの風景、しんと冷えた空気、非常ベルの音だけが響き渡り、その中にただ一人立ち尽くす自分。
まるで世界から取り残された、SF映画のようです。

あまりの孤独と不安に苛まされて、あわてて4階に戻り隣人宅の扉を叩きました。
そこでようやく顔を出してくれた隣人家族、それに他の階の住人達。
とにかく情報が欲しかった私達。その時そこにあった唯一の通信手段が私の携帯電話でした。
名古屋の実家に掛けます。繋がりました。
母がぼやけた調子で
「こっちも揺れたわよ~。待ってね~、今テレビで確かめるから」
その時の情報は確か震度4だったと思います。
その情報を聞いて、皆それぞれの部屋に戻りました。
携帯はそれ以降繋がらなくなりました。

幸い、私のマンション自体はそれほどの被害はありませんでした。
確かに部屋の中はぐちゃぐちゃです。
大きな本棚は倒れ、冷蔵庫は傾き中身を飛び出させ、電子レンジが床に転がっていました。
床に散乱したものの中に割れた酒瓶が何本かありました。洋酒の強烈な匂いがむなしく漂っています。
ベッドの足元のクローゼットが、天井までぎっちり荷物を積んでいたおかげで倒れてこなかったのは幸いでした。頭の周りに大きな箪笥など決して配置してはいけないと本当に思います。
友人は目を開けたら、顔のすぐ真横に箪笥が倒れていたそうです。間一髪でした。

うちのまわりでは火事等はありませんでしたが、やはり木造の古い家は全壊していました。
阪急電車の高架を見上げると、ちょうどカーブしたところで電車が右に傾いて倒れています。
反対側もぶつかったのでしょう、左側もぼこっとへこんでいました。
その普通ならありえない光景は、おもちゃのようにも見えました。

その日、一日中地面は揺れ続けていました。
昼間は友人宅へ行ったり、隣人宅で一緒にいさせてもらったりしましたが、夜は部屋で一人過ごさなければなりません。これほど一人を不安に思った事はありませんでした。
翌日、名古屋に避難を決めました。
劇団側からもそのような勧告がでていたのです。
駅に向かう途中、交差点で代替バスを発見し、手を挙げてまるでタクシーを止めるかのように乗り込みました。
西宮に向かうバスは、一歩間違えば河に転落する危険を孕みながら、クレバスのように地割れした道をそろそろと走ります。
運転手さんの「皆さん、しっかりつかまってて下さい!」と言う言葉に
「運転手さん、任せたでー!」と声をあげる満員の乗客達。
生死を共にしたバスの中が一体となった瞬間でした。

ようやく梅田に向かう電車に乗り込むことが出来ました。
神戸・芦屋方面からの人は歩いて西宮に来たそうです。
みんな着の身着のまま、毛布を被った人もいました。
そんな被災者の私達が、河を渡り大阪に入って目にした光景は信じられないものでした。
普通にファーストフード店や喫茶店で食事する人々、バーゲンで買い物する人々…
町が機能しているのです。
ショックでした。
ほんの30分20分、電車に乗っただけなのに…

阪急電車で京都まで出て、そこから新幹線に乗り込みました。
ちょうどオフだった私は、1ヶ月間名古屋で過ごし、戻ってきましたがガスはまだ復旧していませんでした。しばらくは毎晩のようにあちこちの風呂に出向きます。スポーツジムなど民間の施設が風呂を開放していました。

   …

今でも地震には敏感に反応してしまいます。
震災経験者はそういう人が多いようです。
一人でいたくありません。あの晩一人で過ごした不安は決して忘れないでしょう。
もっともっと悲惨な経験をされた方も沢山いらっしゃると思います。
私のように逃げる事なく、その地で踏ん張って戦われた方々の力は計り知れません…


地震、多いですね。
地球の鼓動であることは間違いありませんが、色々な思いが交錯します。
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2005年 10月 06日 |
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海遊館の人々(?)ご紹介。

ぺんぎん

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えい(だよね?)
でも、かっこよくない?

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うみがめ
こんにちは~

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なもけもの
こいつはほとんど動かないから素敵な写真が撮れるフォトジェニック

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2005年 10月 05日 |
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タイトルにペンギンって入ってるくらいだから、まずはそれっぽく写真アップしてみよう!



写真アップするのも四苦八苦なり…
練習、れんしゅう…



彼等は大阪・海遊館のぺんぎんさんたちです。
もう2年位前の写真なんだけどね。

昔からぺんぎん好き。
それも漫画ちっくなのではなく、なるべくリアル系で。
出来ればぺんぎん飼いたいもの。
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