声優・役者な葛城七穂の   ゆらゆら生活あれやこれや
by n-katsuragi
ベル考
2007年 06月 01日 |
雨の中、歩道を傘をさして歩く。
向こうからやはり傘をさした歩行者が数人続きそう。
歩道の街路樹のところは少し狭くなっている。
傘をさしたまますれ違うには、少しずつ譲り合わなければならないな、と目測する。

すれ違う手前でお互い譲るため立ち止まる。
と、後ろからジリリン!と自転車のベルの音。
当然のように我々の間をすり抜けていく。
傘をさしたままの自転車。
そしてまた自転車。

ようやく歩行者である我らは譲り合いながらすれ違う。

ここで少し考える。
この場合、譲るべきは歩行者か、自転車か?
歩道を自転車が走るのがいけないわけではない。

私が気になるのは自転車のベルの使い方である。
もちろん、警笛である。
注意を促すためにある。
だが、ジリリン!と鳴らせばそれでいいのか?

同じ至近距離を人同士が譲り合い、すれ違うのである。
譲ってもらったならば、何故、おのれの口で「ありがとう」とか「すみません」とか言わないのか?

車だって口では伝わらないから、見える範囲では顔でお辞儀をし、ハザードでお礼をする。
人同士のコミュニケーションだ。

自転車のベルは非常に攻撃的な音である。
優しくそっと軽く鳴らさない限り、その音だけ聞くと攻撃にしか聞こえない。
ベルで注意を促さなくても、まず口で「すみません」と言えばよくないか?
自転車優先道路を歩行者が侵入して歩いているわけでないのであれば、
それは追い越す側に遠慮が必要なのではないだろうか。
ベルを鳴らすときも「遠慮がちに」。
これで人は円満に気持ちよくいくのに…

考えすぎ?
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